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東京高等裁判所 昭和59年(う)1074号 判決

被告人 トキワ貿易株式会社 ほか一人

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人工藤祐正、同松浦勇、同新津勇七連名の控訴趣意書並びに同本多彰治郎名義の控訴趣意書及び同補充書(但し、同四頁一一行から六頁二行、同頁七行から七頁末行及び一〇頁四行から末行までの部分を除く。)に、これに対する答弁は、検察官佐藤勲平名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

弁護人本多彰治郎の控訴趣意のうち、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、原審が被告人高木栄造(以下被告人という。)の検察官に対する供述調書(四通)には任意性がないのに、その点につき格別調査することなく、同意書面として取り調べ、また、被告人の尋問が終了して任意性のないことが判明したのに右供述調書の排除決定をすることなく、これを原判示事実の認定の用に供したのは、刑訴法三二二条、三二五条、三二六条、刑訴規則二〇七条に違反するものであつて、右の違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで検討するに、所論供述調書は原審の第一回公判期日において被告人の同意を得て、何ら異議なく取り調べられているうえに、検察官の被告人に対する取調べ状況、被告人の自白するに至つた経緯等に関する部分を含め、被告人の原審供述(同供述書を含む。)は不自然不合理な点が多く、証人冨加津祐一の原審供述等に比照すると措信し難いから、所論供述調書が検察官の違法、不当な取調べによつて作成されたものとは認められない。更に、所論供述調書はいずれも具体的、かつ、詳細で、特に取調べ当日被告人自ら被告人トキワ貿易株式会社とミルオンブレ株式会社又はユタカ貿易株式会社との契約書、これに関連する輸入申告書、L/C関係書類等を参考にして作成した契約単価算出表、共同輸入一覧表等が添付され、これらについての被告人の説明も相当程度付加されているうえに、被告人の申立により訂正された部分もあることなどを併せ考慮すると、所論供述調書の任意性に格別疑問を差し挟むべき点は存しないと認められる。

したがつて、所論供述調書を取り調べてこれを原判示事実の認定に使用した原判決には所論のような刑訴法三二二条、三二五条、三二六条及び刑訴規則二〇七条の違反があるとはいえない。論旨は理由がない。

弁護人工藤祐正、同松浦勇、同新津勇七(以下弁護人工藤らという。)の控訴趣意第一(事実誤認及び法令適用の誤りの主張)並びに同本多彰治郎の控訴趣意のうち事実誤認の主張について

所論は、被告人トキワ貿易株式会社(以下被告会社という。)は、原判示洋酒を共同輸入し酒類を保税地域から引き取つた者でなく、冨加津祐一(以下冨加津という。)らにおいて輸入し保税地域から引き取つた本件洋酒を国内商品として買い受けた者に過ぎないのに、被告会社が冨加津らの共同輸入者で酒類を保税地域から引き取つた者に当たるとして被告会社及び被告人に対し関税法一一三条の二及び酒税法五五条一項一号の罪の責任を問うた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤り(酒税五五条一項一号の解釈の誤り)があると主張するものである。そして所論がその論拠とする主要な点を要約すると、(1)輸入許可に基づき酒類が保税地域から引き取られる場合は、輸入者として輸入申告書を提出した者が「酒類を保税地域から引き取る者」となるところ、本件において輸入申告書を提出したのは冨加津らであるから、この点で被告会社が輸入者として「酒類を保税地域から引き取る者」とはいえないばかりか、(2)〈1〉被告会社は冨加津らとその輸入する本件洋酒の種類、数量及び価格につき交渉をし、売買契約を締結して買い受けていること。〈2〉被告人は、冨加津が本件洋酒を輸入する際、ミルオンブレ株式会社(以下ミルオンブレという。)名義でL/Cを開設し、被告会社においてその決済を保証することを承諾していただけであつて、被告会社名義でL/C開設申込をする意図は全くなかつたのに、三和銀行巣鴨支店等の事務取扱上の都合から、被告会社をL/C開設者とし、被告会社の銀行口座でL/C決済をすることになつたに過ぎない。したがつて、実質は被告会社が冨加津の本件洋酒の輸入について、L/C保証をしたのと変わりがないこと。〈3〉冨加津は海外シツパーと独自に交渉し、被告人に対し海外シツパー及びその交渉状況を知らせていないこと。〈4〉被告人は冨加津らの輸入する本件洋酒の実際の価格も知らず、また、知ろうともせず、したがつて、別途送金の額、時期及び方法は勿論、別途送金の事実自体も知らなかつたこと。〈5〉冨加津は本件洋酒を自己の裁量により適宜輸入申告し、自ら依頼した乙仲に通関手続を行わせていたこと。〈6〉冨加津はL/C開設銀行から船荷証券等を受け取つて、右乙仲をして船会社から貨物を引き取らせてその保税倉庫で保管させていたものであつて、貨物に対する排他的権利を有していたこと。〈7〉被告人は冨加津らの取得利益及び冨加津と成瀬正澄の利益配分の割合を知らなかつたこと。等という事実は、被告会社が本件洋酒につき冨加津らとの共同輸入者であるとすることと全く矛盾するものであつて、被告会社が冨加津らの輸入した本件洋酒の国内買取者に過ぎないことを如実に示すものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示事実を優に認めることができ、本件洋酒の輸入が被告会社の名義で行われず、被告会社が本件洋酒をミルオンブレ又はユタカ貿易株式会社から買い受ける旨の売買契約書を作成している事実等があつても、本件洋酒の輸入が被告会社と冨加津らとの共同輸入であつて、被告会社が酒類を保税地域から引き取る者に当たると認められること等は、ほぼ原判決が「争点に対する判断」の項中、原判決六枚目裏七行から一六枚目表一二行までにおいて、被告人の検察官に対する各供述調書の任意性、信用性等の検討を含めて詳細に説示しているとおりであり(但し、同一六枚目表八行中の同成瀬正澄とあるは相被告人成瀬正澄の誤記と認める。)、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討しても、原判決に所論のような事実誤認及び法令適用の誤りがあるとはいえない。

以下若干補足説明する。

一  所論(1)について

酒税法六条二項によれば、酒税の納税義務者は「酒類を保税地域から引き取る者」であり、右「引き取る者」とは実質的に酒類を引き取る者であつて、輸入申告名義人であるか否かを問わないと解するのが相当である。

したがつて、輸入名義人であるか否かを問わず、実質的に酒類を引き取る者が複数に及ぶ場合は、そのすべてが酒税法上の納税義務者となると解すべきである。

そうすると、本件では、被告会社が実質的に本件酒類を引き取つた者、すなわちミルオンブレらとともに本件洋酒の共同輸入者であるか否かの点が問題となるのであるから、所論のように被告会社が輸入申告書の名義人でないという事実を主張しても、これをもつて直ちに被告会社が共同輸入者ではないという根拠にはなしえないのである。所論は採用しえない。

二  所論(2)について

関係証拠によれば、所論〈1〉、〈3〉、〈4〉及び〈7〉に関しては、被告会社は並行輸入物の安い洋酒を欲しかつたが、国内の多くの洋酒輸入総代理店の特約店であること等から、自ら並行輸入業者として表面に出にくい状況にあつたため、冨加津の申し出た取引条件に応ずるのが得策と認め、被告会社においてミルオンブレ等から本件洋酒を買い受ける形式を取つたに過ぎないこと、被告人が本件洋酒の海外シツパーと具体的面識もなく、輸入の具体的手続に関与せず、専ら冨加津においてこれを担当していたのは、被告人と冨加津らとの間で海外シツパーとの交渉及び通関手続を含めた輸入の具体的手続は冨加津の責任とし、被告人が冨加津にこれを一任していた結果であり、このため被告人も海外シツパーと冨加津との交渉状況について特に認識を持たなかつたに過ぎないこと、被告人は冨加津と本件輸入取引に関し種々の取決めをした際、貨物の実際の輸入価格を質してその概要を把握し(もつとも、冨加津は被告人に対し実際の貨物の価格を正確に説明せず、若干低めの価格を教えてはいるが、これは同人に対しあまり正直に話して海外シツパーとの値下げ交渉を求められ、その結果海外シツパーとの取引が破綻しかねないことを危惧したことによるものと認められる。)、右価格とL/C価格とのおおよその差額を知つたこと、そこで被告人は冨加津に対し、右差額の具体的決済に関し、右差額を送金し、あるいはそれを帳簿に記載しておくことのないようにすべき旨、すなわち税関に右差額支払の証拠を掴まれるような方法を採るべきでない旨の注意を与えてその範囲内で一任したところ、冨加津らにおいてこれに反し右差額を適宜銀行送金していたのであつて、このため、被告人はその具体的送金額、時期及び方法を知らなかつたに過ぎないこと、更に被告人は一応把握していた前記貨物の価格と被告会社の支払う金額からして冨加津と成瀬との分配割合はともかく、冨加津らの全体の取得利益については概ね理解していたこと、

所論〈2〉に関しては、被告人は単に冨加津らの本件輸入代金の支払いを被告会社で保証するだけでなく、その輸入の資金を全面的に提供することとし、ただ被告会社名を輸入者として表面に出すのは不都合であるから、当初ミルオンブレ名義でL/C口座を開設し、これを被告会社で保証するという形式をとる旨取り決めたこと、したがつて、被告人は被告会社の取引銀行である三和銀行巣鴨支店の事務取扱の都合、すなわち既に同行他支店でミルオンブレのL/C口座が開設されている以上、同一名義のL/Cを開設できないとの理由で前記取決めどおり実行できないと判明するや、もともと被告会社が全面的に資金面の責任を負う約束であるとして右銀行に自己のL/C口座を開設し、発行されるL/C名義人をミルオンブレとするいわゆる第三者名義輸入為替取引を行うに至り、L/C決済も全て被告会社の資力と責任で行つたこと、その後太陽神戸銀行上野支店でも同様の処理をしたこと、

所論〈5〉に関しては、本件洋酒の関・酒税は被告会社が現金で支払う約束であつて、特に酒税は輸入申告時の属する週の前々週の平均の外国為替レートが適用されて計算されることから、被告人が輸入申告の時期及び数量について外国為替レートの変動及び被告会社の洋酒の在庫状況を斟酌して決定し、これを冨加津に連絡して輸入申告させ、更に輸入許可の時期も、関・酒税の納付時期を操作して調整していたこと、そして、通関の具体的手続を任されていた冨加津が被告人の前記連絡等に基づき自ら依頼していた乙仲である日本海陸運輸株式会社に通関の代理業務を行わせていたに過ぎないこと、

所論〈6〉に関しては、被告会社はL/C開設申込者(書類上の形式ではミルオンブレ等の代理人)として船荷証券等の船積書類をL/C発行銀行から買い取つて、本件洋酒に対する所有権を取得し、次いで通関手続を担当していた冨加津が右書類を預つて前記日本海陸運輸株式会社に交付して通関業務を行わせていたのであり、しかも冨加津はその通関手続を独自の判断ではなしえず、更に被告人が関・酒税を現金払いして初めて通関しえ、その通関時期も被告人の意向で決められていたのであるから、冨加津が保税倉庫等にあつた本件洋酒に対し排他的権利を有していたわけではないこと等の事実が認められ、右認定に反する被告人の原審供述等は措信しえない。

そうすると、被告会社は輸入に必要な資金面を担当することにより、冨加津らと共に全体として一連の輸入手続を完成させたものであつて、本件洋酒の輸入は実質的に見て被告会社と冨加津らとの共同輸入であると認めるべきであり、所論のように被告会社が冨加津らの輸入した本件洋酒の国内買取者に過ぎないと認定しなければならない事情があるとはいえない。所論(2)も採用しえない。

以上の次第であるから、原判決に所論のような事実誤認及び法令適用の誤りがある旨の論旨は理由がない。

弁護人工藤らの控訴趣意第二の一(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、関税法上の虚偽の輸入申告をしたのは、冨加津であつて、被告人はこれにまつたく関与しておらず、また、本件虚偽の輸入申告は洋酒の実際の貨物の価格を偽つた点にあるが、関税賦課の関係では本件洋酒には従量税方式が適用されるので、実際の貨物の価格を記載しなかつたとしても、酒税の課税は別として、関税法上の輸入許否、あるいは関税の賦課徴収につき何ら支障が生ぜず、本件の場合も価格は一つの資料として関税行政の便益に供されるだけに過ぎないのであつて、これを偽つたからといつて実質的に侵害される法益はなく、本件虚偽の輸入申告は実質的違法性を欠き不可罰であるのに、被告人らに関税法一一三条の二の罪の責任を問うた原判決は、法令の適用を誤つたものであつて、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

しかしながら、数人が共謀して虚偽の輸入申告をした場合は、関税法一一三条の二の共同正犯として処罰されると解するのが相当であるところ、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は冨加津又は同人及び成瀬正澄と共謀のうえ、本件虚偽の輸入申告をしたものであると認められる。

また、税関は輸出入貨物の申告、検査及び許可という一連の通関手続の過程において、関税法及び関税定率法に基づき関税の確定、納付、徴収等を行うほか、輸出入貨物の実体に即し、その最終的な取締りを行う行政官庁として、関税法以外のすべての輸出入関係規制法令との関係で、わが国の産業、経済、文化、厚生等の見地から輸出入の可否等に関して審査をも行うところであり、そして、かかる審査は、税関が貨物の実体を正確に把握しえて初めて十全に行うことができるのである。

このような観点から、関税法施行令五九条一項は関税法六七条を受けて輸入貨物につき税関の把握すべき事項として貨物の価格も輸入申告書に記載すべき旨規定しているのである。

そうすると、貨物の価格を偽つた本件虚偽の輸入申告は、種々の前記税関行政中、所論のように関税の賦課徴収の関係では支障を及ぼさなかつたものと認められるにしても、その余の税関行政に対する関係においても同様であるとはいえないのであるから、本件虚偽の輸入申告が実質的違法性のないものであるとはいえない。

以上の次第であるから、原判決に所論のような法令適用の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

弁護人工藤らの控訴趣意第二の二(法令適用の誤りの主張)及び同本多彰治郎の控訴趣意のうち同旨の主張について

所論は、要するに、関税法六七条、同法施行令五九条により輸入申告をすべき事項は、輸入しようとする貨物の品名、課税標準となるべき数量及び価格等であり、右課税標準となるべき価格とは関税を課するための標準価格を意味し、酒税課税標準額及び酒税額については前記申告をすべき事項に含まれず、したがつて、輸入申告の際、酒税課税標準額及び酒税額について偽つた申告をしても関税法一一三条の二の罪は成立しないのに、原判決がこれらについても同法同条の罪の成立を認めたのは、法令の適用を誤つたものであつて、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで検討するに、関税法六七条、同法施行令五九条により輸入申告をすべき事項に酒税課税標準額及び酒税額が含まれないことは所論の指摘するとおりである。

しかしながら、申告納税方式が適用される酒類を保税地域から引き取る者は、前記関税法等の規定によるほか、酒税法三〇条の三第一項各号に掲げる事項(酒税課税標準額、酒税額等)を記載した申告書をその保税地域の所在地の所轄税関長に提出し、当該申告に係る酒類を保税地域から引き取る時までに、当該申告書に記載した酒税額に相当する酒税を国に納付しなければならないのであつて、その際、酒税を免れようと企て、右申告すべき事項を偽つた場合には酒税法五五条一項一号の罪に問われるのである。

そうすると、原判決は、その文面上、被告人らが内国消費税課税標準数量等申告書を兼用する輸入申告書に内国消費税(酒税)の関係で酒税課税標準額及び酒税額につき虚偽の記載をしてこれを提出し、前記納付すべき酒税を免れ、又は免れようとしたという酒税法五五条一項一号の罪を問うため、その前提として右酒税課税標準額及び酒税額につき虚偽の申告をしている事実を同条同項同号にいう「偽りその他不正の行為」に当る具体的事実として摘示しているものと認められるのであつて、所論のように右事実が関税法一一三条の二の罪に当るものと認定しているわけではない。

以上の次第であるから、原判決には所論のような法令適用の誤りがあるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老原震一 和田保 阿部文洋)

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